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 柔らかなソファーに腰をおろしながら、幸光代(逗陽中学校三年二組プログラム担当教官)は生徒のデータに目を通していた。手元に残された紙は三十二枚。生き残っている生徒についてくまなく目を通していた。
 周りではおよそクラスの人数分ほどの兵士達が、設置されたモニターの前でせわしなく動き回っていた。ヘッドフォンのようなものを着けている者や、生徒のデータを見ながら何かを走り書きしている者もいる。複数の画面がチカチカと入れ替わり、映し出された簡易地図の上では生徒達の番号がばらばらに点滅を繰り返す。番号順に並べられた生徒の名前は、一部赤く塗られている。死亡した生徒から背景の色は赤く塗り替えられてゆく。
 一台のパソコンからピーッという電子音がし、兵士の一人がそれを覗き込む。”松田”というバッジを付けた赤ら顔の兵士が幸の方を向いてこう告げた。
「男子十一番、須田清死亡です」
 その声にピクリと眉を動かしたが、幸は何も言わずに須田清のプロフィールを抜き取って床に放った。松田というらしい兵士が慌ててそれを受け止めると、丁寧にそれを机の上に置き直した。幸は思い立ったように松田の方に向き直ると、紙をちらつかせながら話し出した。
「さっき総統陛下の側近の方が今回のプログラムで優勝しそうな奴を教えてくれって電話してきたんだがな、松田、あんたはどう思う?」
 幸が言い終わるより先に、松田はぴしっと姿勢を正した。
「はっ。えー、私は柏木健人が有力ではないかと」
 ”柏木健人”と書かれた紙を抜き出すと、無表情のまままっすぐこちらを見据えている証明写真と視線がかち合う。整っている顔立ちだがが生気のない目をしている。その下のデータには、身長百六十七センチ、体重四十八キロ、と個人情報が続く。
「柏木か。変わった子だよな。多分こいつに賭けてる連中は多いから、配当金が少なくなる確率は高いけどな」
 続いて数枚の紙を取り出すと、順にそれを読み上げて行く。
「相澤祐也。陸上部で運動神経はかなりいいみたいだな。でも、誰だ、女子なんか守ってたんじゃあ生き残れないな」
 もったいない、とつぶやいて紙の群れにそれを重ね置く。
「次、宮沢紀之か。こいつも結構頭いいらしいしな。ふんふん、化学部の部長かー。後女子は、高橋彩子。今まで登校拒否してたのにな、容赦ないやり方なのはイジメの反動かもな?」
 くくっと笑い、唇を歪ませながら二枚の紙をとんとんと揃えて置いた。ついに最後の紙に手を伸ばし、データ面を見てにやりと笑った。
「こいつはあたしの大本命だ。広瀬敦史。このトトカルチョの事も知ってたし、かなりこのプログラムについての知識はあるみたいだしな」
 ふいに顔を上げると、目を細めてモニターを見た。
 しかし視力が悪いせいか、ぼやけてよく見えずに上半身を左右に動かした。
「松田。今、広瀬は何処だ?」
 松田は慌てて立ち上がると、モニターにかじりつくようにしばらく見入る。十七、十七とつぶやきながら目を細めてその数字を探す。数字を見つけるとパソコンをカタカタと打ち、広瀬敦史のデータをざっと見た。
「E=9に一人でいます。ログを見る限り、まだ誰とも接触はしていないようです」
 少しおどおどした感じでそう告げると、幸は手だけで合図して松田を仕事に戻らせた。
 机の上に置いてあった携帯電話が鳴ると、幸は調子を変えてそれをとった。
「はい、もちろん。調べましたよ。えー、柏木なんかが優勢になるんではないかと。はい? か、です。か、し、わ、ぎ。大丈夫ですか? はい」
 電話の向こうの問い掛けに、幸は高速で紙をめくりだす。
「あとはですね、広瀬敦史なんかがよろしいかと。ええ、あたしは広瀬に賭けてるんですけどね。こいつはプログラムにも詳しいし、かなりいい線いくと思うんですがね、ええ。……え? 今ですか? 先程三十一人になりましたよ。……女子? 女子だったら今の所、高橋なんかが優位ですがね」
 引き攣った愛想笑いを繰り返しながら、かなり短く切られた髪を撫でる。電話が切られるまで幸はへこへことおじぎを繰り返した。
 電話が終わり疲れたといわんばかりにソファーに寝そべると、別の兵士がやってきた。”清水”というバッジ付きの、広い額に眼鏡が特徴的な兵士。
「それでどうなさるそうですか?」
「あー、あの方は柏木にするそうだよ」
「その柏木のことなんですが、先程こういうものが届きましてね」
 幸は清水から差し出された紙を怪訝そうな顔で受け取ったが、内容に目を通すと眉をしかめた。
 『手術』、『偏桃核』、『人格形成に問題あり』。
 意味ありげなキーワードを拾い集め、それは幸の中で見事に繋がった。資料に黙って見入っていたが、幸は笑みを浮かべたまま顔を上げた。
「心配はないだろう。例えそうだとしても、こういう時には罪悪感なく殺せていいんじゃないのか。少なくともプログラムをやる上での障害にはならない」
 清水は軽く頭を下げて幸の側から立ち去った。
 ──成る程ね、柏木か。面白い。
「先生、そろそろ時間です」
 次回禁止エリアと死んだ生徒の名前が書かれたメモを渡しながら、兵士は時計を指さした。微笑したまま兵士の言葉に腰を上げると、カセットの電源をつけてテープを再生する。晴れた昼に良く似合う、明るい音楽が流れ出す。プログラム中の血なまぐさい雰囲気からは程遠い、さわやかな曲だった。
 コンコンと軽くマイクを叩き音の確認をすると、口元にそれを添え大きく息を吸い込んだ。
 時計の針は十二時を指し、昼の放送が始まろうとしていた。

【序盤戦終了 残り31人】

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