01

 "プログラム"──中学三年生対象の戦闘シミュレーション。国防上必要と言われているが真相は分からない。
 これに当たる確率は事故に遭うより低いはずだ。だから自分達が選ばれることはきっとないと思っていた、信じていた。ほんの、数秒前まで。誰もが言葉を失い、ただぼんやりと幸を見つめていた。
 すると一人の少女が恐る恐るといったふうに、声を出した。
「お、お願いします……始める前に、お母さんと話させて。付き合っていた人とも最後に話したい」
 涙をぼろぼろ流しながら訴えたのは渡瀬いずみ(女子21番)だった。いずみは一人っ子で、母と二人暮らしで甘えん坊な感じの女の子だった。付き合っていた人というのは、他の組の生徒かどうかは分からないけれど。
 全身が恐怖に震えている。足ががくがくして、隣の豊島愛(女子14番)に支えられてやっと立っている感じだ。幸はその様子を面白そうに眺めていたが、ふっと一息ついて話し出した。
「お家の方には連絡済みです。それに、明日にはあなたたちのことがニュースで流れます。だから、彼もあなたが選ばれたって分かるでしょう。わかったら、座りなさい」
 いずみは真っ青になり、なお何か言いたげだったが愛に引っ張られて力なく腰を落とした。
「えーと、まず、みなさんには教室を出てもらう前に渡すものがあります。地図と、武器や食料の入ったデイパックを配ります。中の武器はランダムです」
 黙って幸を睨んでいた祐也の裾が引っ張られた。ぼうっとした頭のまま首を左に傾けると、蘭が不安げな目で見つめていた。お互い口が何か言いたそうに動いたが、幸の目がこちらに向けられたような気がして、祐也は蘭に一度だけ頷いてみせてから前に向き直った。
 幸は教卓の引き出しから大きな模造紙を出して広げた。そこには島らしきものが簡単に描かれている。島の上にはビンゴゲームのように縦にアルファベット、横に数字が書いてある線で区切られていた。
「今あなた達がいるのはこういう形をした島です。島はこのようにたくさんのエリアに分かれていて、私が一日に四回放送で死んだ人と禁止エリアを伝えます。 禁止エリアっていうのは、そこに入ると首輪が爆発するぞって場所のことです。 この分校は最後の人が 出てから二十分後に禁止エリアになるので 戻ってこないように。わかりましたか?」
 そこで初めて首輪の存在に気がついた者がそれに触れようとするが、幸の一言で慌てて手を放した。
「それは取れないし、無理に取ろうとしても爆発するからな。あと海に逃亡しようとしても、だ」
 そこまで話すと幸はくるくると模造紙を巻いて再び引き出しの中にしまった。
 これは冗談なんかじゃない。まぎれもなくもう始まろうとしているのだ。クラスメイトの誰もがその現実に言葉を失っていた。女子では泣いている者もいて、静かな教室に嗚咽が響いている。
「じゃあみんながやる気になるように、発声しましょう。"私達は殺しあいをする"。これを三回言いなさい」
 その残酷な提案に誰もが息を飲んだ。誰が言い出すのかと互いに目配せしている。
「言いなさい、早く」
 落ち着いた感じではあったが冷たい怒りを込めた幸の言葉に数名が口を開いた。
「私達は……殺しあいを……する」
「私達は殺しあいを、する」
「私達は殺しあいをする」
 最初ためらっていた者達も三回目にはみんな口をそろえてその言葉を唱えた。幸は満足げに笑うと更に調子に乗って付け加えた。
「"やらなきゃやられる"、これも三回言ってみましょう、はい」
 今度はためらうことなく全員がそれに続いた。
 嘘だろう?
 祐也は顔を歪ませた。今とりあえず言うことを聞いているだけなのか、それとも本当にやる気になったというのか? ──それは分からなかった。
「さて、じゃあ教室を出てもらいます。男女交互です。ハンデをなくすためにくじで決めたから。初めは……えーと、女子十七番の花嶋蘭さん」
 蘭の大きな目がさらに大きく見開かれ、それは微かに震えていた。祐也と目が合い、お互いまた何か言いたげだったが幸に急かされて教室を出ていった。
 どうしたらいい? 何とか、誰か信用できるやつと一緒にいられないだろうか?
 祐也は両手で頭を抱えたた。クラスメイト達は着々と教室を出て行く。 仲のいい菅原大輔や広瀬敦史は祐也の後だった。ここの出口がどうなっているかは知らないが、待てば合流できるはずだと考えた。
 早くも柳忠義(男子21番)がドアの外に消え、祐也の番が近づいていた。
 祐也が考え事を続けていると、突然大声が聞こえてきて顔を上げた。
「一回だけでいいですから……話させて」
 その声はいずみのものだった。幸のポケットからのぞいていた携帯電話に手をかけている。幸は冷たく払い除けようとしていたが、いずみは一歩も引かず、食いつくようにしがみついた。
「お願いします、お、お母さんにはあたししかいなくて……」
 幸がもう片方のポケットから黒い塊を取り出すのが、スロー再生されるようだった。すぐに乾いたような音が響き、教室に残った者全員が目を見張った。


【残り42人】

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