プロローグ

 飛行機が離陸すると、窓際に腰掛けていた相澤祐也(男子1番)は目を閉じた。せっかくの修学旅行だというのに外は雨で視界も悪い。きっと、しばらくは雲しか見えないだろうと思われた。
 カーキ色のブレザーの腕を組み、首を前に傾けると眉下までの少し長めの前髪がまぶたの上に影をつくる。ヘッドフォンからは軽快な音楽が聞こえていたが、目を薄く開けてボリュームを下げた。隣では池田梨花(女子1番)達のグループがはしゃいで写真を撮っている。
 音量を下げたせいか、機内のざわめきが耳に届く。こんなに騒いでいては怒られるのだろうが、担任は何も言わない。二組の生徒達が座っているところからは、他の乗客は見えなかった。
 飛行機に乗っているのも、どうやら祐也のクラスだけのようだ。おかしなことに、一組と三組が別の同じ飛行機に乗っている。普通に考えたら、一組と二組、もしくは二組と三組、がセットで乗るべきだろう。二組は他のクラスに比べ、人数が多いというわけでもなかった。
 "隔離されたみたいだな。" ──笑いながら、広瀬敦史(男子17番)がそう言っていたのを思い出す。
 二組は、特に問題児が多いわけではない(もちろん、優等生ばかりとも言えないが)。しかしそこは他のクラスも同じだ。二組だけ特別視されるような理由はないはずだった。

 祐也は首を伸ばし、クラスメイト達が座っているところに目を遣った。席は番号順、男女混合で決められているため、近くに親しい者──敦史や、菅原大輔(男子10番)などはいなかった。朝一緒に空港まで来た花嶋蘭(女子17番)も、祐也のずっと後方に座っている。席を交換している者もいたが、祐也は面倒なのでそれはしなかった。
「ねえねえ、相澤もはいろーよ」
 ヘッドフォンを取り上げて話しかけてきたのは、梨花の近くに座っていた遠藤和実(女子3番)だった。おどおどしながらこちらにカメラを構えているのは、魚住孝雄(男子2番)だ。和実と梨花に頼まれたのだろう。
「いや、俺はいいよ。少し眠りたいから」
「じゃあ長崎に着いたらみんなで記念撮影しよ。せっかく中学最後の旅行なんだし」
 和実はたいそう残念そうな顔をしていた。こくっと頷いただけの返事をすると、ヘッドフォンを受け取り鞄にしまう。もう音楽を聴く気はなくなっていた。
 再び目を閉じると先程よりもはるかに強い眠気に襲われた。
 
 しばらくして周りが急にしんとなり、祐也は不審に思って目を薄く開けた。機内にはほぼ完全な静寂があった。適度に雑音が混じっていた方がかえって眠りやすいというものだ。
 首をやっと傾けて辺りを見回すと、クラスメイト達は全員眠っていた。さっきまではしゃいでいた梨花も、和実も。その向こうにいる魚住孝雄も、内田茂(男子3番)も。それどころかまるでゼリーの中にいるみたいに体が動かなくなっている。今は腕を動かすのもだるかったが、なんとか上体を起こして後ろの席をのぞきこむと、通路側に落ちかかるようにして眠っている菅原大輔の姿が見えた。
 おい、寝相悪いな。大丈夫か?
 とりあえず椅子にちゃんと戻してやろうと思って肩をつかもうとしたが、急に力が抜け、しりもちをつくように自分の椅子と床の間に落ちた。どこかぶつけたようだったけれど、祐也はもう何も感じなかった。
 
 腰が痛い。

 初めの感覚はそれだった。まだ半覚醒状態の体を起こし、痛む腰をさする。
 俺は今まで寝てたのか? しまった、今日は修学旅行なのに今何時だ? こんな日に遅刻したら終わりだ。
「相澤君、起きて」
 目の前に唐突に花嶋蘭の顔が現れ、頭にクエスチョンマークが浮かんだ。
「なんで……花嶋が俺の家に?」
 頭がうまく回らない。てっきり自分の家で目が覚めたと思っていた祐也は完全に寝ぼけていた。
「起きて、ここ、家じゃないよ。あたし達修学旅行に行く途中で……」
 修学旅行! そうだ、俺は飛行機に乗って──それで居眠りして、みんなが寝てて。
 その先は? 俺はこの部屋まで歩いてきたってのか? 待てよ、夢遊病じゃあるまいし。
 部屋は薄暗く、昼か夜かも分からない。地面に付いた手の平に、冷たい感触があった。ずっと床に寝転んでいたのだ!
 あたりを見渡すと、木製の机や椅子が見える。どうやら教室のようだった。しかしいつもの見慣れた教室とは明らかに違う雰囲気だ。机や椅子は整頓されておらず、まばらに置いてあるだけ。とても勉強ができるような雰囲気ではない。
 教室内には祐也と同じように、何が起こったか分からず視線をさまよわせているクラスメイト達がいた。
「茜、おい。起きろよ」
 岡村圭(男子4番)が彼女の桐ヶ谷茜(女子6番)の肩をゆすって起こそうとしていた。首を後ろに反らせたまま抱き起こされた茜の首に、何か光るものが見えた。
 あれは──首輪?
 よく見ると圭も、目の前にいる蘭も、クラスメイト達全員がそれを装着していた。
 まさか。
 ひやりとした感触に脳が一気に目覚めた。
 "それ"は祐也の首にもきつく食い込んでいた。必死に外そうとするがビクともしない。
 突然前方の扉が開き、中年の女が入ってきた。背は低かったが、短パンのジャージ姿の脚に筋肉の盛り上がりがはっきり見える。表情も険しく、化粧はしていないせいで顔は浅黒く見えた。男に間違われてもおかしくない容姿だ。
「だれ?」
「さあ。それよりここ、どこ?」
 続いて大東亜の軍服を着た男たちが室内に入ってきた。それぞれが小銃をしっかりと手にしている。
 目をさましたクラスメイト達がざわめきはじめたが、入ってきた女は無言でそれを見つめていた。バンという音が教室中に響き、みんなの視線は教壇の女に釘付けになった。出席簿らしきものを教卓に叩き付けたようだ。見た目の通り、けっこう野蛮な性格のようだ。
 女はみんなが注目したのを確認すると、口を開いた。
「今日からあなたたちの担任になる、幸光代(さち・みつよ)です。はい、今日みなさんにはある"ゲーム"をしてもらうためにここに呼びました」
 "ゲーム"なんて楽しげなことを言っている割には、淡々とした口調だった。
「てめー誰だよふざけんな!」
 不良の部類に入る容姿の、近藤武正(男子8番)が怒鳴った。
「説明は最後まで聞け」
 女は静かにそう言っただけだったが、その雰囲気の異常さに誰もが息を飲んだ。
「これから、最後の一人になるまで殺し合いをしてもらいます。説明するからちゃんと聞いてろよ」
 クラス中の動きが一瞬固まった。
 なにを──言ってるんだこの女?
 祐也も耳を疑った。
「あなたたちのクラス、逗陽中学三年二組がプログラムに選ばれました。おめでとうございます」
  幸と名乗った女は、その時初めて無気味な笑顔を見せた。



【残り42人】

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