アナザーストーリー

someday

 花嶋梨沙は早足で階段を駆け上がり、重い扉を開けた。
 ……今日も誰もいない。
 ほっとしていつもの場所に歩を進め、そこに腰をおろした。
 高校の屋上、そこには普段から生徒が来ないのを知っていた。梨沙は一人になりたい時、決まってここへ足を運ぶのだった。
 
 持ってきた弁当箱を開き、一口、ごはんを口に運んだ。
 グラウンドから聞こえる歓声を聞きながら一人で弁当を食べていると、決まって思い出すのは中学の友達のことだった。
 仲のいい友達同士机を固めて食べたお弁当。日直の他にお茶の係などという面倒なものがあったりして、やかんに入ったお茶をみんなで回したりした。
 ──梨沙のお弁当っていつも美味しそうだよね。
 まわりにいた友達から、よくそんなことを言われていた。
 いつも笑いが絶えず、食事が終わった後の雑談も楽しかった。あまりに熱中し過ぎてチャイムが鳴ったのも忘れてしまって、先生が教室に来る直前に机を慌てて直したこともあった。
 午後の授業まで昼休みの面白かったことを引きずっていて、授業中に目配せをして笑いを堪えたり、手紙を回したりもした。
 
 ──なに、一人でしょぼくれてんの。

 今にもそう言いながら、明菜たちが扉を開けて入ってきそうで、梨沙ははっとした。
 しかし、屋上はしんと静まり返ったままだ。
 意識が現在に戻ってくると、楽しかった思い出は引き潮のように引いていく。
 鼻がじわりと痛くなり、梨沙は指先で目尻に溢れてきた涙を拭った。
 
 あれからもう二年経つ。
 思い出す度に涙が出るけれど、その悲しみは段々と変わってきていた。
 プログラムが終わった後は、ただただ強い怒りと後悔が身を貫いていた。何の罪もない、将来に夢を持った彼女たちが、プログラムというめちゃくちゃなゲームに引っ掛かったおかげで命を落とした。それがたまらなく理不尽で、悔しかった。
 現在では彼女たちにもう会えない悲しさと、もし生きていたらという想像をしたあとの虚しさがつらい。彼女たちは今でも心の中で生きているのに、もう二度と触れたり一緒に何かすることはできないのだ。
 
 ……相澤さんに幸せになると約束した。でもあたしは、まだ逃げてばかりいる。

 普通の人間が人生で経験する以上の苦しみを、梨沙は十代にして味わってきた。そのせいかどうかは分からないけれど、擦れた人間の独特の空気が、クラスで梨沙の存在を目立たせていた。
 どことなく高校生にしては異質な雰囲気をかもし出しているのだろう。クラスの女子に影で「怖い」と言われたこともあった。その時、梨沙は今さらになって香奈の気持ちが分かるような気がしたのだ。

 唐突に屋上の扉が開き、女子生徒が二名現れた。
 梨沙の姿を見つけると、手を振って駆け寄ってくる。
「やっぱりいたー」
 ぼんやり見上げた梨沙の前に立ち、二人が顔を見合わせる。
「ねえ、お弁当今日も一緒に食べないの?」
「……うん、いい。悪いから」
 この二人とはグループ学習の時に同じ班になったことがあった。どうやら二人には気に入られているらしい。梨沙も悪い気はしなかったけれど、浮いている自分が仲間に入るのは気が引けていた。
「またあ。花嶋さんって変に遠慮するとこあるよね」
「ほんとは結構ナイスキャラなのに」
 梨沙は二人の言葉を聞きながら苦笑した。
「何かさ、寒くない? 教室で食べようよ」
「よし決定。さ、お弁当中断ー」
 答える間もなく、二人掛かりで梨沙の支度を手伝いはじめた。驚いた梨沙だったが、自然に笑顔が浮かんでくるのが分かる。

 ──”梨沙、大好き”。
 
 そう言ってくれた明菜の言葉を思い出す。
 相澤祐也に励まされ、頑張って生きようと思った。それでも何度もくじけそうになった。自分自身が死んだようにやる気がなくなってしまうこともあった。
 姉が死んだ後も全く同じ気持ちになったけれど、その時には明菜たちが側にいてくれた。彼女たちがいたから、梨沙は笑うことができた。その明るくなれた自分さえ殺すようなことは、したくない。
 
 生きているのはとても辛いけれど、大切な人が生きたかった時間を、あたしは生きている。生かされている。多くの人に救われた命で、みんなと共に生きていくのだと思いたい。
 
 いつか、相澤さんに「大きくなったね」と言ってもらえるように。
 いつか、今度はあたしが香奈ちゃんを守ってあげられるように。
 
 自分を理解してくれる人が、この世には最低でも二人はいるんだから。
 そして──。
 今は自分の側にあるあたりまえの日常やあたりまえの幸せを大切にしていこう。
 
「行こう」
 二人が差し出してくれた手を掴み、首を縦に振った。振り向いた二人は、どこか明菜とみずきに似ているような気がして──梨沙は思わず顔を伏せた。
 
 大切な人が消えた世界。
 でもそれは、大切な人が残してくれた素晴らしい世界。
 
 ……いつか、きっと、みんなのぶんも幸せに生きてみせるから。
 ……絶対に無駄にはしないから。
 
 見上げた白い空が眩しくて、梨沙は思わず目を細めた。
 そしてまた溢れてきた涙を誤魔化すように袖で拭き、二人の後を追い掛けた。


Now, again, "2 + 1 students remiaining".
They keep on running for their room.

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