祐也は鈍色に染まる景色の中、静かに目を細めた。
この重苦しい空気は雨のためだけではなく、プログラムが終盤の終盤に差し掛かっている緊張感のせいでもあるのだろう。島は口を閉ざしたまま、喋らない。
雨が降る日に限って悲しい気持ちになるのは、様々な思い出が祐也を苦しめているからに他ならない。子供のころの水たまり遊びであったり、学校の帰り道であったり、それらの時には必ず誰かが隣にいた。あの忌わしいプログラムの際にも、隣には花嶋蘭がいた。
……感傷に浸っている余裕はない。
祐也にはたった一人でも成し遂げなければならないことがある。
ついさっきから長い長いメールを打っている。恐らく梨沙への最後のメッセージとなるそれを、何度も消したり書いたりしていた。
最後に”相澤祐也”と名前を添えた。書かなくても梨沙のあの携帯電話には祐也のメールしか届かない。だからきっと無意味なことなのかもしれなかったが、敢えて書いた。自分の存在をそこに刻んでおきたかったのかもしれない。
できるなら、ちゃんと梨沙と顔を合わせておきたかった。向かい合って笑みを交わしたり、すぐ隣でお互いの近況を話せたらよかった。もし祐也がそんな希望を言えば、梨沙は喜んで受け入れただろう。”会いたいです”、と、実際に梨沙は何度もメールで言っていた。
しかしそれでは、だめだったのだ。実際にこの状況になってみて、自分のしてきたことが間違いではなかったことに気付く。この計画のためには、必要以上に梨沙に近付いてはならない。
梨沙へ送るものの他に、もう一つメールを打っておかなければならないところがあった。
『弘子さん。おかげさまで計画はうまくいきそうです。
最終目的プラスアルファ、くらいは期待できるでしょう。
それと──』
『もし僕が死んだら──』
あまりに露骨な表現だったので、それはやめた。
『もし僕に何かあったら、あの子を頼みます』
青白く光っていた携帯電話のライトが消えた。
祐也は拳で目を擦り、光を見つめていた瞳を再び闇に慣らそうと努力した。
また、ゆっくりと鈍色の闇が網膜に映る。暗い海の底のように沈んだ空気があちこちに横たわっている。生気を感じられるものは何一つとしてない。死を予感させるものばかりが祐也の瞳に映る。
子供の頃は無性に死ぬのが怖かった。自分がいつか死ぬんだと知った時、ふとんにもぐって泣いた。
死を最高に意識したのはその頃と、前回のプログラム。しかしそれは最初のうちだけで、終わってからは生きていることの方がずっと辛かった。何のために生きているのか、なぜ自分が生かされたのか。自分の存在理由が分からないまま、一人ぼっちで古びたアパートの狭い部屋で眠り続ける。そんな日々を四年間も送り続けてきたのだ。
今は逆に、死ぬことが怖くはない。自分の命の重さがほとんど感じられない。目的遂行のために犠牲にされるコマのように、祐也の身体は今、とても軽かった。
──死に急いではだめ。あなたを助けたいの。
あの頃の自分を支えてくれたある人の言葉が、今は足枷のように感じられる。言わないでほしい。引き止めないでほしい。何をしたらいいのか、分からなくなってしまう。
雨の音は少しずつ変わりつつあった。ばたばたと頭上の木の葉を叩き、それから祐也の体を容赦なく濡らしていく。
微かに、遠雷が聞こえる。
【残り4人+1人】