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 マシンガンの音が止んで、それから数十分ほど待ってようやく西村みずき(23番)は腰を上げた。
 筒井雪乃に襲われた後はあまり遠くへ行かずに近くの薮に身を潜めていたのだが、どうやら正解だったようだ。数十分前、マシンガンの音がみずきのいる薮の近くを走り抜けていった。追われていたのは誰だったのか、また、どうなったのかは分からない。しかしそれでやっと、雪乃が遠くへ行ったことが分かり、行動を再開できた。
 慎重に周囲に目を向けながら、元来た道を戻った。心臓が高鳴っている。しんと静まった道路の脇から、またいつひょっと雪乃が顔を出すかと思うと恐ろしかった。もう遠くへ行ってしまったはずなのだから、恐れる必要などないのに。
 針葉樹に囲まれた道が途切れた。柱の影から、自分のすぐ真横で殺された日下部麗未の死体が見えている。みずきは少し気分が悪くなり、そこを避けて左の方へ曲がった。
 端の柱の間を抜けようとして、そこにもまた誰かが倒れているのが見えた。今度は──成田文子だった。首からの出血がひどく、麗未と同じようにタイルを黒く汚している。こちらは銃でやられたわけではないようだ。
 文子の死体から僅か三十センチほど上に、きらっと光るものが見えた。蜘蛛の糸のようなものだった。みずきは目を細め、それがどこから伸びてきているのかを辿った。植物に覆われていて一瞬気がつかなかったが、建物が左手にあった。蜘蛛の糸もそこから続いている。
 みずきは蜘蛛の糸を引っ掛けないように体を伸ばし、建物の脇に掲げられている文字を読んだ。
「条ノ島……管理……?」
 表からまわってみようと思い、やはり考えてやめた。裏に非常口のようなものがあるなら、そちらから中の様子を窺ったほうがいいかもしれない。
 中腰になって窓から中を覗いた。人の気配はない。ソファが一つ真ん中に置かれており、その脇に質素なテーブルとパイプ椅子。タイルが日の光を反射させている。奥にもう一つ部屋があるようだが、みずきの位置からその部屋全体の様子は分からない。
 ゆっくりノブに手を掛け、回した。かちゃりと小さな音がしてドアが開いた。部屋の空気と外気がぶつかりあう。部屋の空気は暖かく、また、ほこりっぽい。みずきは生唾を飲み込み、足を踏み入れた。
 中はしんとしている。奥の部屋にちらと目を遣ったが、まず先に今いる部屋の様子を把握したかった。何か役に立ちそうなものがあれば手に入れたいし、扉を閉め切ることができれば籠城できる。
 そろそろと革のソファの方に近付いた。その時──異変に気がついた。
 みずきは息を殺し、背中に神経を集中させた。
 まずい。
 体のあちこちが、それぞれ心臓を持っているかのように熱を発し、激しく躍動しだした。汗に濡れた首筋に、先ほどまでなかった空気の流れを感じる。振り返りたくなる衝動を抑え、みずきは目を閉じた。
 背後に濃密な気配があった。自分と同じか、それ以下のものではない。もっと大きな──。あるいは、興奮を無理に抑えた者の押し殺した息遣いではなく、冷静にみずきを観察し、襲い掛かる機会を狙っているような視線を感じた。
 みずきは身震いした。その気配はもう真後ろにまで迫っている。音もその気配もほとんどなかった。ふいに誰かの手が伸びて、みずきの首を掴むのも時間の問題のような気さえした。
 銃か何かを持っているのだとしたら、とっくに背後から撃っているだろう。こちらに忍んで近付くと言うことは、接近戦にしか向かない武器か、外れ武器を持っている可能性が高い。ならばこちらの勝機もまだある。
 距離を置かなくては──。
 みずきの震える右足が一歩、前へ出た。同時に背後の者も動いた。みずきは振り返り様に右脚を振り上げ、相手の頭があるであろう位置を狙い、体を捻った。
 がしっと音がした。足首に感じた確かな感触に満足したが、すぐにそれは焦燥に変わった。
 ふくらはぎを掴まれている!
 いい加減に股関節が痛んできた。それよりも何よりも、動きを止められたことによるショックが強かった。クラスに他に、武道を習っている子などいただろうか?
 相手がみずきの脚を放した。すぐに首に、背後から腕がまわった。一瞬、見た腕は大東亜女学園の制服をまとっていなかった。知らない学生服──加えて、男子の制服だった。
 これには心臓が飛び出るほど驚いたが、ぼうっとするより先に体が動いていた。首に巻き付こうとする腕を捕らえ、前のめりに上体を倒した。相手の力が働かなければ合気道は難しいのだが、とりあえず、みずきの背中の上で男が回り、目の前に転がった。
 男──花井崇は受け身の体勢をとり、バランスを崩すことなく立ち上がった。それからゆっくり、みずきの方を振り返った。
 計算外だ──こんなのは!
 じりじりと後ずさりながら、みずきは心の中で叫んだ。
 武道を習っていない子ならば何とか、先ほどの筒井雪乃のように撃退することができるかもしれない。しかし、相手が男となればそれだけでもこちらは不利になる。おまけに目の前の男、花井の動きには無駄がない。気配の殺し方から受け身の取り方をみれば、一発で武道経験者だと分かる。
 花井の冷たい目が、みずきを捉えた。
「お前、やる気か?」
 低いがどこか透き通った声だった。みずきは一瞬答えに詰まり、考えた。
 やる気──。どういう意味だろう。今この男を倒す気合いがあるか、ということだろうか。あるいは、みんなを殺して生き残るつもりなのか、と問われたのだろうか。
 素直に尋ねてみようと思った。花井はすぐに攻撃してくる気配を見せていないので。
「それは……」
 声が微かに震えてしまった。
 みずきは一つ、咳払いをした。どんな場合でも、相手に自分が恐れていることを悟られてはならない。気が大事なのだ。これは、合気道の先生の受け売りなのだけれど。
「それは、どういう意味ですか?」
 こんどははっきり、堂々と言えた。
 花井も一つ、咳をした。
「このゲームを──」
 背後でからん、と空き缶のようなものが倒れる音がした。花井が厳しい顔つきでみずきの後ろを見た。みずきも振り返った。部屋の隅で空き缶が転がっている。しかし、みずきはそれが何によって倒れたのかは分からなかった。
 花井の方を見ようとして、また背後で音がした。今度は明らかに、人が立てた音だった。ついさっきみずきが入ってきた扉を乱暴にあける音がしたかと思うと、銃声が唐突に響いた。
 一発、二発、みずきは背中を殴られるような衝撃で側にあったテーブルに手をついた。花井の爪先が見えた。こちらに向かってきている。持ち上げようとした頭を一つの弾丸が打ち抜いた。
 みずきは最期、花井が膝立ちになって銃を抜き出したのを見た。今、自分が背後から撃たれたのか、それとも花井に撃たれたのか、理解する前に事切れた。
 倒れたみずきの背後から、Cz-75を右手に持った佐倉真由美が顔を出した。



【残り14人+2人】

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