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「薫ちゃん、どうしたんだろう」
 洞窟の入り口までそろそろと移動し、花嶋梨沙(26番)が呟いた。
 つい数十分前、目の前の水産試験場から関口薫(15番)が飛び出してきた。何かに追われているかのようにものすごい速さで走り抜けていったため、追跡者がいる可能性を考えて暫く洞窟の奥で息を殺していたのだが、後からは誰もやって来なかった。代わりに薫が姿を消したすぐ後、またあの、マシンガンの音が聞こえた。何度か規則的に続き、やがて、途絶えた。
 中村香奈(20番)は梨沙の頭越しに日の下に輝く道路を見た。薫が戻ってくる気配どころか、人の気配すらない。一つ溜め息をつき、まだ名残惜しそうに外を見ている梨沙から離れた。
「香奈ちゃん?」
 梨沙が振り向いた。
 香奈は返事はせず、梨沙の顔を見た。梨沙はその反応に少しがっかりしたが、顔には出さずに香奈の側へと戻った。香奈と自分は最初から一緒にいたわけではない。同じような事件に遭い、同じように感じたわけでもない。梨沙はやはり、仲間を探したいと思うのだけれど、香奈はそのリスクが大きいことを痛感している。なるべくここに二人で留まりたいと思っているのかもしれない。
「さっき、またあの音がしたね」
 今度は香奈から口を開いた。梨沙は頷きながら、また、関口薫の顔を思い浮かべた。
「日下部さんが持っていたマシンガンが誰かに渡って、その誰かはやる気になって手当りしだい撃ってる……」
 おさらいするように言った。また、梨沙も頷いた。
 香奈が思いついたようにデイパックから地図を出した。暫く地図とにらめっこをして、梨沙の方にそれを差し出した。
「五時にD=6が禁止エリアになったら、きっともっと死ぬ人は増えるよ」
「どうして分かるの?」
「梨沙ちゃんの話とあたしが見た展望台の地図から考えると、この島は崖とか林とか、人が入れない場所が多いから。D=6が塞がると島の東側には近付けなくなる。そしたらみんな、目立つ建物があるエリアに集まる」
「それで、はち合わせて……」
 梨沙が受けた。しかし、続きを言うのが嫌で言葉を濁した。香奈が黙って頷く。
 また、ぞっとした。集まった子たちが仲がいいのはつかの間で、ちょっとした疑いや恐怖から殺しあいに発展する。血だらけになって倒れる者、また、狂気に支配されて仲間に武器を向ける者──。
 ふと、ぶうんという音がした。音は梨沙のスカートのポケットからだった。
「あっ」
 相澤さん、と言いそうになるのを抑え、梨沙は携帯電話を引っぱりだした。相澤祐也から連絡があるのは、実に二時間ぶりである。それを見た香奈がペンと紙を用意して筆談に備えた。
「なんだって?」
 香奈が聞いた。梨沙は慌ててボタンを押し、メッセージを見た。そしてすぐに顔に笑みを広げ、香奈の手からペンと紙を受け取った。

 ”他の子も助けてくれる、って!”

 香奈が「ほんとう?」と口を丸くあけた。梨沙は嬉しさでいっぱいになり、何度も頷いてみせた。

 ”今ここにいない子はどうやって助けるの?”

 香奈が書いた。雑だったが、大きくて大人びた字体だった。
 梨沙はちょっと考えて、ペンの端を顎に当てて唸った。確かに、たった二人で仲間になりそうな子を探し回るのは危険だ。かといって何もしなければ誰も助けることは出来ない。

 ”助けて欲しい子の特徴を教えておいたら?”

 香奈が続けて書いた。自分で問いかけて、自分で答えを見つけてしまったらしい。ちょっと満足げに梨沙を見た。しかし、名案だ。
「そうだね、そうしよう」
 筆談をさぼって言った。メールを作成しながら、また考えた。この場合、助けて欲しい子は誰にしたらいいんだろうか。
「ねえ、誰のこと……」
 梨沙はそこで切って香奈の顔を見た。香奈は首を捻り、「消去法でいくしかないんじゃない?」と答えた。

 ”でも、十人とか書いたらその人もこんがらがるよね”

 香奈が書いた。梨沙はそれでまた困ってしまった。思い浮かぶのはとりあえず、井上明菜と西村みずき。他のクラスメイトについては分からないが、この二人なら絶対にプログラムに参加しようなどとは思っていないはずだ。
 梨沙の沈黙に耐えかねてか、香奈が一つ咳払いした。ペンを取って何か書き、それで、梨沙の顔を覗き込んだ。

 ”明菜ちゃんとみずきちゃんをお願いしなよ”

 梨沙はどきっとして、それでも少し安堵して、ゆっくり頷いた。同じグループの二人だけを頼むのは、何だか気が引けた。しかし、香奈が背中を押してくれた。ありがたかったが、また少し複雑な気持ちになった。もし柴田千絵や富永愛が生きていたなら──香奈も同じように二人を助けて欲しいと願ったかもしれない。
 二人の名前を打ち、身体特徴を思い出しながら書いた。久しぶりに全身像を思い出した気がする。明菜は背が中ぐらいだが、目鼻立ちがはっきりしていてかっこいい。みずきはそれに比べると薄い顔だが、色白で背が高く、ショートヘアに細い体が似合っている。
 どちらも梨沙の憧れだった。二人は全く違う、いいところを持っていたと思う。
 前に座っている香奈に目をとめた。真直ぐな黒髪の中にシャギーが入った短かめのサイド。目つきはややきついが、子供っぽくみられる梨沙から見れば十分羨ましかった。そんな彼女を怖いと思っていたのも、ほんの少し前までの話だ。
 視線に気付いた香奈が顔を上げた。
「ん、できた?」
 梨沙は我にかえり、首を振った。それから思い立って、ペンを取った。

 ”香奈ちゃんのことも書くね”

 香奈が目を丸くした。
「一緒にいるんだから、問題ないよ」
 梨沙は頑に首を振り、またペンを動かした。

 ”万が一、離れちゃった時のために”

 暫く考え込むような仕草をして、香奈はぽつりと呟いた。
「でかくて目つきが悪い」
 梨沙はぎょっとして、しかし香奈のその物の言い方がおかしくてほんの少し笑った。そういえば、今度は香奈の方が筆談をさぼっている。梨沙は手をひらひらと振って微笑んだ。
「香奈ちゃん、あんまり自分を悪く言うの、よくないんだよ」
「事実だから」
 梨沙は少し困ったが、それでも続けて言った。
「あたし、香奈ちゃんの背とか顔つきとか好きだな。それにほら、自分で思ってるよりも他の人の目のほうが確かってこともあるじゃない?」
 香奈は「そんなことは」と言いかけて、好きと言われたことに驚いたのか、ちょっと照れくさそうに首筋を掻いて頷いた。段々と香奈の考えていることが分かってきたかもしれない。梨沙は満足げに笑ってメールの続きを打ちだした。
 少しして香奈が梨沙の肩を突ついた。携帯電話の画面から顔を離すと、香奈が筆談用の紙を差し出している。

 ”今、その人はどこにいるの? どうやってここに来るの?”

 梨沙は香奈から受け取ったメッセージをそのままメールに打った。”相澤さん、今どこですか? どうやってここに来るんですか?”──と。
「聞くからね」
 そう言って梨沙が入り口の方に携帯電話を持った手を伸ばした。画面の中に白い紙飛行機が表れ、希望の光のある方へ飛び立っていった。


【残り15人+2人】

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