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Loving is dying together.

 あたしは最初から女が好きだったわけじゃない。小学校の時は普通に男子に好きな人がいて、今もかっこいいと憧れている俳優だっている。
 これは──なんなんだろう。恋愛感情とも、ただの友愛ともつかない気持ちが、落合真央に対してはあった。恋愛対象として好きなのか、と聞かれたらノーと答えるかもしれない。しかしじゃあ、彼女はただの友達かと聞かれたら、イエスとは答えられない。それ以上に彼女のことが大切なのだ。
 だけどこんな考えは、誰にも言えなかった。自分もそうだが、真央がまわりから好奇の目で見られるのは嫌だった。なにしろ彼女に対しては肉体関係を持ちたいとか、そんなやましい気持ちはなかったので。しかし説明したところで分かってくれる人がいるだろうか。異常なのではないかと悩み、胸を掻きむしるような辛さをいつも隠していた。
 だからあの時──真央に「どうして?」と聞かれて答えることが出来なかった。この考えを知られて気持ち悪がられるのが怖かった。
 
「真央……」
「いやだ」
 伸ばした手を真央が振り払った。それで、薫は自分がとんでもないことを口にしたことに気付き、息を飲んだ。
「やめてよ冗談でしょ……死にたくなんかないよ」
 真央がその目に涙を浮かべていた。とたんにいたたまれない気持ちになり、薫は真央の方に近付いた。
「死にたくないよ? あたしも。だけど、このままここにいたっていつか殺される。あたし、真央が殺されるくらいなら、一緒に死にたい」
 真央が薫から距離を置き、後ずさった。岩の下、青い潮が渦巻いている。
「やめてよ……薫、しっかりしてよ」
 ああ。
 目眩がした。傷によって訪れる悪寒以上に、薫はショックで倒れそうになった。薫の恐れていたものが、今目の前に突き出されている。真央の視線には、怯えと軽蔑の色が含まれていた。
 ほとんど無意識に真央に近寄っていた。下から吹き付ける風によろけながら、負傷した足を引きずって。真央も負けじと後ずさった。しかし、もう背後には岩が途切れ、海に向かって張り出している。自ら袋小路に入ってしまった真央は、それでも両手を薫の方に伸ばして止めようとしている。
 追い詰められた真央の手を、薫が握った。
「聞いて」
 真央が恐る恐る頷いた。
「理解してもらえないかもしれないけど」
 またゆっくり薫が言った。
「あたしは真央のことがすごく大事なんだ」
 しばらくぼんやりしていた真央が、頷いた。そして何か大事なことに気付いたように、目を大きく見開いてまた、頷いた。
「あたしだって薫のこと、大事だと思ってるよ」
 それで薫がちょっと笑って頷いた。
「うん。知ってる。ありがとう」
 乾いた唇を舐め、ちょっと反芻してから顔を上げた。
「あたしは多分、真央が思ってる以上に真央のことが大事なんだ」
 真央が首を傾げた。それでも曖昧に笑って、嬉しそうにはにかんだ。
「あたしはね」
 息を吸った。
「他の誰より、真央のことが好き。世界で一番好きなの」
 それでようやく真央は目を丸くして、口を開いた。薫の言葉から、友愛以上のものを感じ取ったのかもしれない。やっと。
 薫は真央の返事を待たず、にっこり笑った。そして握った手に力を込め、捻った。真央は薫の目を見つめたまま、体だけねじれて宙に浮いた。重力が働く瞬間、薫は名残惜しそうに真央の手を強く握り、離した。
 真央の体が、十メートルほど下の潮に吸い込まれていき、鈍い音がした。そこを覗き込んだ時には、岩に割れる波の音だけが薫の聴覚を刺激していた。
 岩に頭を乗せ、四肢を波に弄ばれている真央を見下ろし、薫は急に力の抜けたようになって岩上に座り込んだ。
 あの時、作戦がうまくいっていたとして、もし真央と出会えていたら、何か、もっと別な道が開けていたかもしれない。彼女を守れるだけの力と武器があったなら、最後まで彼女を守って自殺するのもよかった。だけど──あたしは結局、彼女を手に入れたくて死に急いだだけなんだろうか。
 薫は自嘲気味に笑んだけれど、その考えを取り消した。
 昔──いつだったか子供の頃、外敵から子猫を守り切れなくなった母猫が、子猫を食い殺してしまうという話を聞いて、泣いたことがある。その時のあたしには分からなかった。愛しているから殺す、そんなことは、ないと思っていた。しかし──。
 罪悪感以上に、幸福を感じていた。真央は薫の手によって死んだ。最期まで二人、手を取って見つめあいながら。他の誰かに襲われ、悔しさの中で死んでいくことなど御免だった。
 薫は立ち上がり、右足の傷を見た。紫に変色した傷の周りからはまだ血が流れている。
 結局、あたしのこの気持ちはどんなものだったのか、分からない。しかし、最後まで真央のことが大切で、愛しかったのには変わりない。
「ごめんね、すぐいくから」
 すらっと伸びた薫の影が、光の射す海に吸い込まれていった。透明な飛沫が上がり、薫は真央の亡骸に並び、波の上にその幸せそうな顔を浮かべていた。


【中盤戦終了 残り15人+2人】

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