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the beginning of a nightmare

 放送を終え、渡辺ヨネ(担当教官)はマイクを置いた。くるっと振り返り、室内の兵士たちを見回す。大東亜記念館の二階の一室、東側にあたる部屋にはヨネを含め数名の兵士がいた。そのどれもが派手な髪の色をして服を着崩しているが、デスクトップコンピューターに向かう者、ヘッドフォンを付けている者とに分かれていた。また見張りの兵士たちは廊下に並んでいた。
 そのうちの一人、ヘッドフォンを付けている兵士の元にヨネは歩いていき、親しげに肩に手を置いた。
「どうかな? 何かあった?」
 兵士は何も答えずに首を振った。ヨネはちょっと苦笑したが、すぐに他のコンピューターの前に座っている者の方へ向き直り、両手をぱちんと鳴らした。
 今、ヨネの周りにいるのは、東京の外れにある柄の悪い高校の教師をしていた時の生徒だ。最初は無理に明るく振る舞うのも一苦労だったが、今はもう、彼らの態度にも慣れてしまっている。無視や愛想がないのはいつものこと。これくらいで滅入っていては勤まらない。
「ゲーム開始から一日も経たないのにもう半分以上も! すごいよ! 早く終わって帰れそうだよ!」
「最初に減らし過ぎたんだよ」
 一番端に座っていた兵士が喋りながら机の奥を蹴った。その反動で回転椅子が滑り、兵士は壁に吸い寄せられるように移動した。
「そうだけど、あの中から一人とかだと不平等じゃない? それに逃げようとしたら殺していいよって言ったのは俺だけどーやったのは俺じゃないし」
 ヨネが余っていた椅子を引いてパソコンの前に腰掛けた。兵士は「やりすぎ」と一言だけ言った。
 少し黙ってから、気を取り直してまたヨネが喋り出した。
「ねえそうだ。今は誰が一番人気なの?」
 パソコンを覗き込んだヨネを押し退け、先ほど椅子を転がした兵士が戻ってきた。素早い動きでパスワードを打ち込み、トトカルチョの状況を表示するページを開いた。
 縦に並んだ生徒の名前と現在の賭け金の様子が表示された。
「花井崇……花井君だ! やっぱりね!」
 兵士が報告するより先にヨネが興奮した調子で言った。そのうちマウスを奪い、更にスクロールさせる。
「女の子だと高見さん。高見さん……ああ、あの子だ! 覚えてる? 俺も彼女はいい線いくと思うな。だけど……花井君がダントツで後はなんだかなあ。もし花井君が勝ったとしても、これじゃ利益は少ないね」
 にこにこと笑顔を振りまいていると、その隣にいた兵士がヨネの方を向いた。
「あいつはどうするんですか?」
 一瞬、沈黙が落ちた。それから笑みを深めたヨネが立ち上がり、うんうんと唸った。
「彼女はとても頭がいいね。まさか本当に使いこなしちゃうとは思ってなかったから。ね、すぐ捨てちゃうだろうと思ってた。だけど万が一と思っててよかったね。これから十分楽しめるよ」
「どうやってやるんです?」
 派手な格好とは逆に丁寧な言葉で聞いた。ヨネはパーマがかった髪を撫で、自分の仕事机の方まで歩き、ペットボトルを手に取った。
「彼女に注意するよ。殺し合いしよう、って教えてあげなきゃ」
 緑色のボトルに口を付け、ヨネはゆっくり水を飲んだ。すぐに何か言いたげに問いかけた兵士が口を開いたが、それより先に別の兵士が「めんどくせえ。早くやっちまえばいいのに」と顔を歪めた。
 ヨネは口を一度ハンカチで拭った。それからまたにこりと笑ってボトルの蓋を閉めた。
「ダメダメ。このプログラムの基本的なルールは生徒同士の殺し合いだろ? こっちがどんどん殺せば、そりゃあ早く終わるし次の仕事に移れるよ。でも、それじゃーダメだ」
 それから、机の上に積み上げられた生徒のデータを持ち上げ、中から話題の中心となっている女子生徒のものを取り出した。
「第一、彼女に賭けてる人は結構多いんだ。まあ、花井君には及ばないけど。俺がお世話になってる方もいるから、俺の手で殺したりなんて出来ないよ」
「なら放っとくのか?」
 また、手前にいた兵士がぎらついた視線を寄越した。煮え切らないヨネの態度に腹を立てているのだろう。
「そうじゃないよ」
 ヨネが机に手を付き、部屋をぐるりと見渡した。
「それで? 繋がってるのどれ?」
 反対側のテーブルについていた兵士が「ここ」と呟いた。ヨネは早速そちらへ体を向けかけ──また、今まで話していた者の方へ向いた。
 いつもと変わらない笑みの上、瞳の中に冷たい色が広がっていた。
「彼女とお話しがしたいんだ」


【残り17人+2人】

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