31

by chance...

 条ノ島公園入口となっている駐車場を出て、宿泊所から工場の方へ抜ける道を選んだ。禁止エリアの密集した公園付近にいるのはよくない。そして身を隠すことのできる薮が多ければ多い程、先程のような奇襲に遭う確率も上がる。主立った理由はそのようなものだった。
 しかし今、中村香奈(20番)の注意は別の方へ向いていた。下り坂になった車道を小走りで進み、音の方向へ耳を澄ませた。
 悲鳴と銃声。その音は、香奈の持っているウージーの音とそっくりだった。同じ物が支給されているのだろうか。
 香奈は一度立ち止まり、ウージーをいつでも撃てるよう右手にしっかりとおさめた。ラケットで殴られた頭はまだ痛んでいる。相手から向かってきたら、容赦はしない。
 宿泊所の門から、一人の女子生徒が飛び出してきた。香奈はその時既に身を潜めていたので事なきを得た。その後ろ姿を見たが、目が悪いせいで誰かまでは分からない。すぐに門の脇へ移った。
 少しの間の後、またマシンガンの音。そして、悲鳴。やめて、と微かに聞こえた。普段の声の聞き分けくらいならできるが、悲鳴までは出来そうになかった。状況はよく分からないが、マシンガンを持った者が一方的に襲っているように思える。
 さっきのと同じってわけか。
 香奈は歯噛みした。展望台で起こったようなことが、あちこちで起きていたのだ。そうなると最後は、話しても分からないやつばかりで銃撃戦? くそやくたいもない!
 銃声が増えた。マシンガンの音に混じり、単発で聞こえた。もう聞き付けた誰かがやって来たのだろうか。
 頭が冷静さを取り戻していくにつれ、香奈は憔悴のあまりすぐにデイパックを抱えて立ち上がった。
 こんなことをしている場合ではなかった。新たに混じった銃声は、転校生である可能性が高い。展望台にも現れたことからみれば、まだそう遠くへは行っていないはずだ。このままでは間違いなく、遭遇する。
 富永愛と柴田千絵が死んでしまった今、香奈があてにできそうな人物はいなかった。いや、いるのかもしれないが、誰が何を考えているのかまでは分からない。それはこのゲームが始まって、痛い程に分かっている。
 とりあえず考えて決めたのだ。仲間がいなくなってしまったとはいえ、この歳で死に急ぐつもりはない。こうなったら生き残るしかない。無理に殺すことはせず、必要に迫られた時だけ。面倒ごとには自分から関わらない──。
 しまった。つい、誰がいるのだろうと興味をそそられ、近付き過ぎた。
 宿泊所の敷地のまわりをぐるりとまわり、それで小さな抜け道でも見つかればラッキーだ。そっちへ行く。それで、この件とはオサラバ。
 右側に向こうとした時、上の茂みがざっと揺れた。小さな女子生徒が飛び出して来た。体が強張っているうちに、勢いをつけて来た女子生徒と正面衝突した。
 気がついた時、香奈は女子生徒に押し倒される形で道路に横になっていた。香奈の胸の辺りに顔を埋め、女子生徒は動かない。上半身を何とか持ち上げ、両肘で体を支えた。
 この子、撃たれたのか?
 女子生徒が短く唸った。背中に伸ばそうとしていた手を引っ込め、つむじの辺りを見た。肩くらいまで伸ばした髪。香奈は、その小さな体と髪型を突き合わせて考えた。誰だろう。
 すぐに女子生徒は静かに両手を動かし、香奈の脇に手を付いた。力を込め、顔を上げようとしている。
 衝動的にその女子生徒を突き飛ばした。すぐに膝で立ち、ウージーを地面と水平に突き出した。香奈から見ても素早い動きだった(もっと別な時に力を生かしておけばよかった。体育とか。それももう、戻ることの出来ない世界の中のお話だが)。
 しりもちを付き、恐る恐る香奈を見上げたのは花嶋梨沙(26番)だった。梨沙の怯えた瞳を見て、香奈は何か思うところがあった。しかし銃声に思考を遮られ、香奈はほとんど何も考えないまま梨沙の側へ寄った。
 梨沙が不安げに「香奈ちゃん」と囁いた。手には何も持っていない。ずり上がったセーラーの上着の下にも、武器らしい物を挟んでいるようには見えない。
 香奈はウージーを下げ、梨沙に手を伸ばした。一瞬、梨沙はびくりと体を震わせたが、すぐに香奈の意図に気付き、同じように手を伸ばした。
 結びついた手に力を込め、梨沙を起こした。梨沙は目を丸くしている。香奈自身、なぜ自分がこうしたのか分からなかった。
 唐突に別の銃声が混じった。音は更に近くまで来ている。
「走ろう」
 梨沙が返事をするよりも早く、香奈は走り出した。梨沙ははじめ、ためらいがちに付いて来ていたが、すぐに香奈の横に並んだ。目に付いた小道に滑り込む頃、ちょうど銃声が止んだ。


【残り20人+2人】

Home Index ←Back Next→