18

two left-behind persons

 ほとんど真っ暗闇の木々の間、柴田千絵(13番)中村香奈(20番)は静かに座っていた。夏服の長袖を肘の辺りまで捲り、脚を前に伸ばした姿勢で千絵は俯いていた。その顔の辺りをそっと見つめ、香奈は何度目かのため息をついた。かなり大袈裟にしたが、千絵は特に反応しなかった。
 無理もないだろう。出発地点の急襲に始まり、放送ではもう何人も名前が呼ばれている。おまけに香奈と千絵を含む三人グループの一人、富永愛は出発前に処刑された。千絵はそれを見てないが、愛とは幼馴染みだったのだ。幼稚園からの知り合い。一緒にいるという意味での付き合いが始まったのは中学かららしいけれど、二人には香奈との間にはないつながりがあったのだ。
 そんな友達の死を知らされた千絵は、どんな気持ちでいるだろう。香奈にもままごとをするくらいの仲の友達はいた。だが、今までずっと友達、という幼友達はいない。
 畳んでいた脚をずらし、香奈は時計を見た。
 午前四時前。空はまだ明るくならない。ただ展望台に近いE=7にいると、早起きした鳥が夜明けを待ち遠しく鳴いている声が聞こえる。
 風が頭上の梢を揺らし、辺りの草木がざわめいた。千絵がその音につられるように脚を胸の辺りまで引き付けた。
「どうしようかね」
 たまらずに声を出した。
「さっきからずっとそう話してたけど……」
 千絵が口を噤んだ。
 その通り、二人がここに落ち着いた時から幾度となくこれからについて話し合った。しかし、答えなど出るわけもない。移動しようかと思えば銃声がし、つい先程も近くでそれが聞こえたばかりだ。
「やっぱり……」
 千絵が呟いた。香奈が顔を上げたのを認め、続けた。
「やっぱり、ここにいても何もならないし……大丈夫そうな人を探した方がいいかも」
「大丈夫そうな人?」
 少し嫌な予感がしたが、いい方に想像を働かせた。二人が共通に安心できるというなら、小松杏奈(9番)のグループ。この辺りが妥当だ。
「瑛莉たちとまた会えないかな。瑛莉ならきっと何か、いい方法考えてそうな気がする」
 一瞬、千絵の少し嬉しそうな表情とは逆に、苦々しい思いが巡った。
 香奈は、出発して千絵達を見た時、真っ先にグループから離れなくてはと感じていた。
 理由は、千絵には言えない。クラスの誰にも言えない。理由として成立するかも危うい拒否反応が脳から発せられるのを感じたからだ。
「香奈ちゃんは嫌?」
 返事がないのを不審に思ってか、千絵が尋ねた。
「いや――」
 足元に生えている草を千切りながら続けた。
「そうじゃないんだけど、近くで銃声がしたでしょ。誰がいるか分からないし、今移動するのは危ないかも」
 千絵を納得させるには十分な理屈。しかし、香奈が合流に賛成しない理由は全く別の場所にあった。
 高見瑛莉(16番)といえば、頼りになるクラス委員。それだけなら何も害はない。だが、彼女の家は政府崇拝主義的なところがあった。このプログラム含め、日頃から政府のやり方に不満を持っている香奈としては、どうしても瑛莉を信頼しきれなかった(だいたい、政府崇拝主義の子供がカトリックに通うのもおかしな話だが)。
 それにいつもなら率先して意見を述べるはずの彼女は、ルール説明中に一度も喋らなかった。クラスメイトたちが殺されても、何も言わなかった。まあそれは頭の良い彼女のこと、筒井雪乃(18番)と同じように、余計な口を出せば殺されると分かっていたのだろう。香奈が合流を嫌がる理由として、その事実は充分すぎた。
「そうだ」
 千絵が体を捻り、右脇に置いていた鞄を探り出した。そこでふと、二人の間に置いてあるデイパックの口が開き、千絵の武器であるウージー九ミリ・サブマシンガンがのぞいているのに気付いた。
 香奈の武器は残念なことに、駄菓子屋などで売っていそうなエアガンだった。それも皮膚が露出している部分に撃ち込めば多少なりともダメージを与えることは出来るだろうが、あまり頼りにはなりそうにない。一応、マガジンにBB弾を詰めてはおいたけれど。
「飴食べる?」
 千絵が聞いた。
「うん。ありがとう」
 答えながら、香奈はぼんやり考えた。千絵は香奈に対して、全く警戒心を持っていない。もちろん香奈だってそうだ。信頼しているから一緒にいられる。しかし──。
 あの最低な男、プログラムの教官は言った。”最後の一人になるまで”と。その時、もし二人で残ったら、あたしはどうする? 千絵は、どうする?
 相手を殺すくらいなら二人で死ぬかもしれない。でも、実際その時が来たら。
 突き出した銃口と、まだ鞄に注意を向けている千絵の背中を交互に見ながら、思った。さっさと教官に殺された愛は、ある意味ラッキーだったかもしれない。クラスメイトの裏切りで死んでいくよりは、よっぽど。
 手を伸ばせば掴むことが出来る距離にあるウージー。それを奪って撃ち込めば千絵は簡単に死んでしまうだろう。
「どっちがいい?」
 千絵が香奈の方を向いた。それで何とか、我に返ることができた。馬鹿な考えを悟られまいと無理に笑み、手前の方に差し出された飴を取った。
 一瞬とはいえ、あたしは恐ろしいことを考えてしまった。
 もう一度溜め息をつき、頭を軽く振った。昨日の昼用の弁当は貴重な食料としてまだ手をつけていないし、睡眠だって充分とっていない。疲れているのだ。
「朝になったら弁当食べた方がいいかもね。気温が上がると腐る」
 ちょっと間を置き、千絵がくすりと笑った。
「そうだね。でもうちの弁当トマト入ってるからもうやばいかもしれない」
「いつ見たの?」
「朝お母さんが詰めてるの見た」
 言いながら千絵が笑い、香奈も笑った。笑いながら、ああ、やはりこうでないとだめだ、と思った。千絵とはどんな時だって、些細なことでも笑える仲だ。こんな状況だって変わることはない。
 千絵が再び俯いた。先程の笑みを少しひきずりながらも、悲しそうな表情。つられて香奈の眉も下がっていたかもしれない。香奈の顔を見て、千絵はまた力なく笑んだ。
「富ちゃんは何て? 何て、あの人に言った?」
 千絵が初めて、愛の死に際について詳しく尋ねた。千絵は血塗れになったうさぎのキーホルダーを見るなり口数をぐっと減らしていただけに、教官に撃たれたとしか伝えていなかった。死んだというだけでもショックだというのに、必要以上に刺激するのもよくないと思ったのだ。
「このプログラム、やりたくないですって言ってた。みんなと殺し合いなんて出来ないって」
 千絵が頷いた。思い出しながら、その時の衝撃が蘇ってきて何ともいえない気持ちになった。セーターの袖を捲り上げながら、愛が最後に見せた笑顔を思い浮かべた。
「そっか……富ちゃんらしい」
 眼鏡を外し、千絵は一度目の辺りを拭った。泣いているのかもしれない、と思った。淡々とした返事の中に深い悲しみが伺えた。
 千絵はたまにクールに見えて、そっけない返事をすることもある。でもそれは決していい加減な態度というわけではない。軽々しく語るべきではない事だと、千絵はきちんと理解している。
 突然がさっと後方から音がした。香奈はとっさにエアガンを取って振り返った。暗い木々の間、数人の影が見えた。
 こんな近くに来るまで気付かなかったなんて!
 香奈は歯噛みしたが、逃げる余裕はなさそうだった。エアガンを構えた。
「千絵? 香奈ちゃん?」
 向こうから先に声を出した。よく聞いたことのある声だった。
「佳織さん?」
 香奈が思い出すより早く、千絵が立ち上がった。小松杏奈のグループの一人、安原佳織(35番)の声に違いなかった。
 佳織の後ろから、杏奈と後藤良子(10番)が現れた。良子の方は片足を引きずるように歩きながら、杏奈に片腕を預けている。香奈は静かにエアガンを降ろした。
「よくみんなで合流できたね」
 千絵が三人を交互に見ながら言った。
「どうしてうちらだって分かったの?」
 遅れて歩み寄りながら、香奈が尋ねた。佳織が右手に握っていた物を差し出し、香奈を見上げた。
「多分、探知機みたいなものだと思うんだけど。これにね、出席番号が一緒に出るの」
 暗がりの中でよく見えなかったが、佳織の言うことは嘘ではないようだった。でなければこんな、仲のいい子ばかりで集まるのは不可能だ。
 とりあえず、杏奈達と合流できた。これで高見瑛莉の話題はしばらく出なさそうだが──。
 さて、これからどうするべきか。


【残り28人+2人】

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