07

a girl as an applicant

「あーあ、女の子に逃げられちゃって」
 佐倉真由美は金に染めた髪を掻き上げ、花井崇を見下ろした。
 花井はそれを見て、自らが取り落としたナイフの方へ手を伸ばそうとしたのだが、まだ体が痺れて言うことをきかないようで、指先がぶるぶる震えるばかりだ。
 真由美は華奢な手に黒い塊──手榴弾を持ち、宙にぽんと放ってからまた手中に収める。
「お前か、さっきのは」
 花井が口を開いた。額に降りた髪が汗でしっとり濡れ、貼り付いていた。真由美は花井に視線を合わせるようにしゃがみ、「当たり」と短く答えて微笑んだ。
「どうして、さっきは何も言ってくれなかったの? あたし、花井君のこと待ってたのに」
 言って、寂しそうに眉を寄せる。
 
 さっき──それは、まだこのゲームが始まる前、大東亜女学園三年D組の生徒がまだ眠っていた時のことだ。花井と真由美は小さな控室に入れられていた。飾り気のない冷たい壁に囲まれ、中央にだけ椅子と机が置いてあるそこは、真由美の一番嫌いな場所、学校の中にある生徒指導室という所にそっくりだった。嫌だった。思い出すのも、何もかも。
 真由美は、自分より少し後に入ってきた男、花井にすぐ興味を示した。誰かと話したかったということもある。声を掛けた。
「アナタどこから来たの?」
「アナタも志願者?」
「ねえ、あたしと、手を組まない? 聞いてる?」
 もちろんそれは、花井の顔が何となく好みであったからだ。花井は一切答えなかったが、それが一層真由美の関心をひいた。──ほら、なかなか落とせないと燃えるじゃない? え、そうでもない?
 
「さっき言ったこと考えてくれた?」
 真由美はピンクのマニキュアの付いた尖った爪に目を落としながら問う。
「返事を待つ暇つぶしにそいつを投げたのか?」
 花井が質問で返す。真由美は手元の手榴弾を見て、大袈裟に驚いた風な顔をして、言った。
「そ。もう何人か殺しちゃった。花井君と組みたいんだけど、嫌って言うなら──」
「発煙手榴弾では人は殺せない」
 今度は本当に、心から驚いていた。爆発音ではほとんど聞き分けることが出来ないはずが、この男は、更に室内に居ながら聞き分けたのだ。
 その程度の脅しは効かない、か。
 真由美の支給武器は手榴弾ではあるものの、発煙手榴弾という種類のもので、殺傷目的ではなく視界を遮る程度のことしか出来ない。だが、それでも十分だった。当然ながらそんな物騒なものを見るのは初めてなお嬢さんばかりのここの生徒を怖がらせ、グループを作らせないようにするのは容易いことだった。
 本当はさっき何人か殺しておきたかったけど──まあ、それは、いい。
 真由美は花井に微笑みかけた。
「すごいね。そんなことまで分かるんだ」
 微笑みながら──計画を実行する必要があることを、強く確信しはじめていた。
 この男なら、生き残れる。
 この男といれば、あたしは、確実に。
 全て確信に近かった。
 始めに花井に組もうと持ちかけたのは、ただの興味と、一人で行動する上での不便さを思ってのことだった。だがしかし、状況は変わってきた。この男は、何らかの事情でこのゲームのことに詳しいはずだ。その男を逃すわけにはいかなかった。
 花井がようやく上半身を起こした。ナイフに伸ばした手より先に、真由美はそれを奪っていた。今、花井に武器を握られてしまっては計画が台無しになる。怪訝そうな表情を浮かべる花井を余所に、腕を引いて立ち上がらせた。
「こんなとこで寝てたら殺されちゃうでしょ。どっか隠れよう? 組むかどうかは、それから考えて?」
 素直に応じる花井の腕を引きながら、真由美は心の中、そっとほくそ笑んだ。
 花井に同意させる自信はあった。今は警戒心の塊ではあっても、それを解いて付け込む自信があった。
 ちょうど二年前、ある事で酷く心を痛めて自暴自棄になっていた事があった。そのことがあってから、ずっと、同じ方法で男達の同情を買ってきた、その方法を使えば、すぐのはずだ。
 変わりはしない。例え綺麗な顔をしていようと、隙のない雰囲気を漂わせていても、花井崇も、例に漏れず男なのだから。
 後ろにいる花井に目を遣った。汗の粒が額から零れていた。目はどこか遠く、条ノ島大橋の向こう側を真直ぐ見据えていた。
 あたしに、出来る?
 心の中で自分に問いかけた。
 すぐに答えることは出来なかった。だが、道は一つしかなかった。
 迷っている暇があったら行動すべし。相手より、頭も身体も先に動かせ。
 真由美がプログラム用の訓練を受けていた時、常日頃言われてきたことだった。
 ──嫌ってくらいわかってる。
 あたしはこのプログラムで優勝する。


【残り32人+2人】

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