「市役所、無いね」
「それにしてもこんなとこに交番があるとはね。地図に載ってないのに」
クラス委員であり昨年は生徒会長もつとめた望美は、きびきびした口調で話すと交番の中をそっと覗き込んだ。交番の中は狭く、質素な机とパイプ椅子が端によせて置いてある。奥の方には、普段警官が休憩するための小さな部屋があるようだが、外からはよく見えない。二人は隠れ場所を探して市役所まで来たのだが、ちょうどエリアの西端にある交番に辿り着いた。
「ねー、ここでいいから隠れない?」
くいくいと制服の裾を引っぱりながら洋子が急かす。
「そうね。これ以上動いたら危なそうだしね」
望美はもう一度中を確認するように覗くと、引き戸に手をかけた。一気に引こうとしたが、戸は鈍い音と振動を伝えてくるだけで開くことはない。
「嘘……カギだ」
「カギ? やだ、中に誰かいるの?」
洋子が怯えたように背後に回る。望美も一瞬息を飲んだが、気を紛らわすように答えた。
「ほら、元は誰か住んでた島なんだから、カギかけてったのよ。これでガラス割ってカギを開ければいいんじゃない」
望美が支給の鉄パイプを勢い良く持ち上げて振ると、がしゃんという音と共に窓が割れた。二人はさっと身を低くしたが、物音一つ聞こえないのを確認すると、屈めていた身を起こした。即座に割れた穴から手を入れると、望美は器用にカギを開けた。カラカラと用心深く戸を引くと、百七十近い長身を屈めて望美が入り口をくぐる。
「ほら、早くはいんなさい」
洋子の手を引いて奥の小さな部屋にあがろうとした時だった。
「来ないで!」
二人が顔を向けた先には、豊島愛(女子14番)の姿があった。愛の手にはデザートイーグルが握られていて、銃口は二人に向けられている。がくがくと震えながら、更に部屋の隅の方へ後ずさる。
「豊島! アンタ何のつもりよ」
望美の後ろにちゃっかり隠れながらも、洋子は愛に罵声を浴びせる。
「黙って、洋子。愛、バカなことはやめて銃をあたしに渡して。あたしたち、戦う気なんかないの」
──そんなんだから嫌なのよ。
望美の言葉に愛は顔を引き攣らせた。
少しずつにじり寄ってくる二人を睨みつけたまま、愛の思考は数日前まで通っていた学校に滑り込んでいた。
──早く。言うことが聞けないの?
地面に手をついている自分。
上から降ってくる屈辱的な言葉に耐えながら、友達の制服のスカートにハサミを入れる。
いつもそうだ。洋子と望美。自称・相澤祐也のファンクラブなんか作って本人の前ではかわいこぶっていたみたいだけど、祐也に親しく接する女子への嫌がらせはひどかった。
今もこうして、愛を使って嫌がらせをしている。
さすがに裏庭に呼び出したりと古典的なことをするのは洋子と隣のクラスの女子くらいだった。望美はそんなことはしない。なにせ、成績優秀でしっかりしてる生徒会長で通っていたから。高校の推薦を狙っているという話もあったが、愛にとってはどうでもよかった。
”あんた、渡部いずみが休みの時は一人だもんねえ。うちらが一緒にいてやってるんだから、感謝しなさいよ。”
いずみは母と二人暮らしで、母が体が弱いためによく看病して休んでいた。小学校の時から意思表示をするのが苦手で一人でいることが多かった愛は、分かってはいたけれど一人になるのが怖くて言うことに従っていたのだ。
このことはいずみには内緒にしていた。大事な友達をなくしたくなかったから。
もう言うことなんか聞かない。今度こそは殺されるんだから!
「愛、落ち着いて話し合いましょ? そうだ、同盟を組まない? あたしと洋子は同盟を組んだの。こういう状況の時は大勢で居た方が有利なの。分かるでしょ? あたしたちのグループが残るまでは絶対に味方。固まっていれば襲われても対処できるじゃない」
愛は暫く考えて、それはもっともだと考えた。ただ、望美の諭すような口調が気に食わなかったが。
「悪くないでしょう? ほら、じゃあそれをあたしに渡して」
「嫌よ。なんで望美に銃渡さないといけないの? これはあたしの武器よ!」
のばされた望美の手を振り切りながら、愛は今まで学校で出したことがないくらい大きな声を出していた。望美は驚いてシッと唇に手を当てた。
「調子にのんじゃないわよ豊島! こっちが丁寧に言ってやってんだからっ」
怒鳴り散らす洋子とそれをなだめる望美横目で見やりながら、愛はデザートイーグルを持ち上げた。
そういう恩着せがましい所が、大嫌いよ。
二人の目は銃に釘付けになり、さっきまで強がっていたはずの洋子はひっと言うと両手を上げた。
「わかった、わかったから。愛が持ってていいから。約束よ? 最後に残るまで味方なのよ?」
「わかってるよ。でも、最後に残ったらどうするつもりなの?」
望美は目線をきょろきょろさせながら唸っていたが、ぽんと手をうった。
「それは、その時になったら考えましょう。あたしが責任もって考えるから」
”責任もって”は望美の口癖みたいなものだった。ただ、いつも口だけの事が多かったが。(生徒会でも他の役員に考えさせていることが多かったのだ)──責任ある仕事に就いてるもんね。そりゃあ当然よね。
必死にごまをすっている二人の姿を嘲笑いたくなったが、愛は黙って部屋に上がらせた。洋子がもう一度交番のカギをしめ、三人で交番に隠れることになった。
同盟、それはごく簡単なシステムだった。
”最後に生き残るまでは協力して戦うこと”。
なかなか有利な展開に持ち込めたものだ、と愛は思った。居心地の悪さは抜群だったが、もう学校とは違うのだ。武器さえ自分で持っていれば、油断しなければ愛は怖いもの無しだった。
三人は会話という会話を交わすことはせず、ただぼんやりと輪になって座っていた。望美と洋子は、愛が動くたびにびくびくしながら体を寄せ合った。ちらり、と二人を見遣ると愛は引き攣った笑みを浮かべた。
「ちょっと、そんなに驚かないで。あたしもさっきは興奮しちゃったけどさ。ね、あたしら最後まで味方でしょ?」
愛の言葉に二人は強張っていた表情を少し緩めた。その時愛が何を考えているか知るよしもなかったが。
”最後に残るまで”味方? いいわ、それが終わったら遠慮なく今までの恨みを晴らしてあげる。
自分の恐ろしい考えに対する恐怖と、二人よりも強い武器を持っているという優越感から無意識のうちに体が震えていた。愛は自分を落ち着かせるように深呼吸をして、これからどうやっていこうか頭の中でシミュレートしはじめた。
【残り29人】