03

 体がだるい。あたし、なんでおなかが痛いんだろう?
 わずかな間ではあったが、池田梨花は気を失っていた。昼間の空気はまだ温かさを残しているだろうが、十月の夜更けともなれば肌寒い。風が吹くたびに校庭の砂が少し舞った。
 梨花が目を開けると、そこには同じように誰か二人が横たわっていた。
 なんだ、みんなこんなところで寝ちゃって。
 一番近くにうつぶせて寝ていたのは、幼馴染みの石渡麻友(女子2番)だった。顔は暗くて分からなかったが、まっすぐで金に染められた髪は特徴的だった。しかし、起こそうとした梨花の手が一瞬止まった。
 ごろん、とこちらに向き直った麻友の顔は、半分消失していたのだ。割と小さめだった目は限界まで開かれ(飛び出しているという感じではあったが)、脳味噌の肉片が、校庭に黒くまき散らされていた。
「ひっ」
 震えながらしりもちをついた梨花は、恐る恐るもう一人のクラスメイトに手を伸ばした。仰向けになっていたのは内田茂(男子3番)だった。茂は特に梨花と親しかったわけではないが、アニメかなんかが好きだったことは覚えていた。その彼の体にはいくつもの穴が開いている。
 それは銃によるものだという事はすぐ分かったが、梨花は「人間にはこんなに大きな穴があくんだ」、と感心していた。あまりにも突然の出来事に脳が麻痺してしたのかもしれない。
 一体誰がこんなことを?
 失神する前の記憶がじわじわと戻ってきた。あわてて周りを見渡したが、もう相澤祐也の姿は無かった(本当の犯人は既に梨花が死んでいると思っていたようだ。大ラッキー)。腹部の鈍い痛みに合わせ、記憶がよみがえってくる。
 あたしは相澤に攻撃されてここで寝ていた。あいつの武器がなんだったのかは知らないけれど、とりあえず出てきた二人を襲ったに違いない。また、みんなで逃げようと嘘をついたんだ。
 梨花の唇がぶるぶると震えた。
 容赦はしない、気を許したら殺されるんだ! 見つけ次第、あたしはやる。
 手元に転がっていた文化包丁を力いっぱい握りしめた。

「梨花? 梨花でしょ?」
 背後からの声に、梨花は振り返った。
 校舎から飛び出してきたのは、彼女の一番の親友である遠藤和実(女子3番)だった。きっちり二つ結びにした髪を揺らして走ってくる様は、どこか小動物を思わせる。和実は倒れている二人を見て一瞬息を飲んだが、梨花の武器が銃でないことが分かるとほっとした様子で歩み寄った。
「怪我ない? みんな誰にやられたの? ここにいたら危ないから早く逃げよ」
 梨花の返事を待たずに手をとって走り出そうとしたが、突如その顔は苦痛に歪んだ。肉が裂ける音と痛覚が体を貫き、和実は振り向いた。
「り……か?」
 そこには和実の背中に包丁を突き立てている梨花がいた。月明かりに照らされた顔は恐ろしい程白く、歪んだ笑みを作っていた。和実が見たことのない顔だった。一度包丁を抜かれて和実は逃れようとしたが、梨花は彼女の背中に飛びつくようにもう一度だけ、刺した。和実はそのままゆっくりと地面に倒れた。背中から溢れ出した血が地面に黒い水たまりをつくりはじめた。
 突然現れた親しい友達の死体、さらにそれを作ったのは自分だという事実に、梨花は立ち尽くした。言い様のない罪悪感に包まれたが、黙って和実のデイパックを拾い上げた。
「和実、しょうがないでしょ。もし二人で生き残っても、その時あんたはあたしを殺す。だったらあたしは、それより先にあんたを殺す。あたしは間違ってないでしょ?」
 梨花は後ずさるようにして手前の林の中に消えていった。


【残り38人】

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